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ルフィが連れて来た小さな小さな誰かさんは、どうやらやっぱり真っ当な“仔猫”じゃあなさそうで。だっていうのに、こんな明るいうちから人の目につくところでうろうろしていたのは、要領を得なくての…つまりは困ってるんじゃなかろうかと思ったから。
「そいで拾っちまったってか?」
「そうだっ。」
「それって…似たような経緯で、
お前とお近づきになった奴ってのの覚えが、
重々あるんだがなぁ。 ………って、痛ってぇなっ!」
恐らくは、その“覚え”の対象に間違いなかろう、坊やから拾われたところの男衆が。苦虫噛みつぶしたような顔をして、遠来の相棒の金髪頭を、容赦のない拳骨でごいんと横合いから殴ったため。自身の細い顎に手をやり、ふ〜んとお客人の坊やを眺めていた金髪のお兄さんが、そこまでの落ち着いた様子を一変させ、それは判りやすい怒号を上げつつ、殴った相手へがうっと吠えて見せる。
「……っ。」
自分へと向けてのものじゃあなくとも、いきなりの がなり声にはさすがにビックリしたものか。小さな肩を びくびくっと撥ねさせた仔猫の坊やだったが、
「大丈夫だぞ。」
横合いから伸びて来た、まだ子供の不器用さの方が色濃い両手が、それでも危なげなく小さな胴をひょいと捕まえ。そのままよいしょと抱え上げると、辛うじて膝丈という短パンはいた自分のお膝へと坊やを引っ越させ、
「おっかない物言いもするけど、
サンジは基本、子供や小さいのには優しいんだvv」
にぱーっと笑ったルフィのお顔を、真下から見上げる格好になった仔猫さん。あんまり自信満々なお言いようだったせいか、みゅう?と小首を傾げかかっていたものが、釣られるように“にゃあvv”と、小さな口許ほころばせて笑ったほどで。
「……あれって、ちゃんと意志の疎通が成り立ってんのかね。」
「半分でも通じてたら御の字ってトコじゃね?」
よくも殴りやがったなと、咬みつきかかっていた筈のお兄さんが、胸倉掴んで引き寄せた精悍なお顔へ向けて、罵詈雑言より優先して こそりと訊いた一言へ。それこそ勘だがなという口調にて、こちらもこそりとお返事を返したゾロであり。
何やってんだ、あんたたち…。(苦笑)
突然のお客様には、善かれ悪しかれ相当に縁の多い家ではあったが、こたび参られし客人は、果たして…幸いと奇禍とどっちを背負った和子なのだろか。
◇◇
夏休み恒例、朝早くからのラジオ体操の、幼い子供らへ向けての見本をやって見せたり、今日も来たねと出席カードへハンコを押したりする、指導員とやらをこなしている当家の坊ちゃんが。そんな出先で拾って来たという不思議なお客人。普通の人には、生まれて間もないような小ささの、キャラメル色の仔猫に見え。されど、霊感の強いルフィには、5歳かそこいら、年少さん級の年頃の、金髪に赤い眸をした 人の和子に見えた、というところからして、成程、ありふれた存在ではないらしく。エアリーなカールのかかった、綿毛のような軽やかな金髪に、色白な肌、潤みの強い大きめの双眸。柔らかそうな小鼻に瑞々しい口許…と来て。デジカメやムービーカムのCM辺りに文句なく起用されそな、そりゃあ愛くるしい風貌をしており。そうまで印象的な顔立ちの割に、着ているものは…白か生なりか、淡い色合いの半袖半ズボンという極めてシンプルな代物なれど、
「まま、本体というか基盤は“仔猫”なんだったら、
毛皮というか毛並みは、
人間の衣類みたく そうそう日替りで着替えられるもんじゃなしってな。」
小さな肢体を支える、寸の足らない腕や脚は、上生の餅菓子のしんこ細工を思わすような、それはそれは なめらかでふわふかな感触がし。風貌のみならず、ちょっとした仕草や態度も、まだまだ幼くも稚(いとけな)い様子の小さな坊や。朝っぱらからの外出をして来たルフィと似たようなもので。そちらさんも急な邪妖の気配を察知し、取るものもとりあえずと、精霊刀を引っ提げ、退治封印に出向いていたらしい“破邪”様が。一仕事終えて戻ったところ、自宅のキッチンにちょこりと上がり込んでいた、この不可思議な坊やへと。正直、ただならない“何か”を感じたのだそうで。
まずは正体が判らないことには話にならんと
愛用の精霊刀を抜き放ったゾロが、その切っ先へ目一杯の怨嗟を乗っけて“来い来い来い”と念じて招いた相棒だったのだが。
「何ちゅう呼び出し方をしやがるかな、おめぇはよ。」
「まともに呼びかけたって来るまいと思ったからだが。」
「あたぼうよ、何が楽しくて野郎に呼ばれていちいち出向くか。」
胸倉掴み上げられても平然と会話を続けてるゾロもゾロなら、怒っているらしい割にちゃんとやって来た上で、律義に受け答えするサンジもサンジで。いやまあ、そこのところは今に始まったこっちゃあないので、これ以上のすったもんだは割愛するとして。(苦笑)
「…ふ〜ん。」
まずはの検分として、小さな坊やの姿した物怪さんの、霊力や何やを特別な探査の咒でもって探り、感知してみて判ったのは。ゾロが見立てたその通り、いかにも危険というような、害意や悪意はなさそうだとのこと。ルフィからの呼びかけへと応じたり、ハムは好き好き、でも緑の葉っぱは やぁのと、感情豊かに振る舞ったことといい。意志というか自我というか、そういうものも持ってる存在らしいから、何か誰かの“念”とか“未練”の残滓…とかいう曖昧な代物でもないと来て。
「天聖界生まれの存在でもないようだがな。」
勿論のこと、普通一般的な人の子でもない以上、迷子ですとどっかへ届けることも出来ない…じゃあなくて。
「〜〜〜〜〜〜。」
「さっきから鼻の頭にしわ寄せて“ふうう〜っ”と唸っとるのは あれか、
俺までもが敵認識されとるからか?」
この緑頭と一触即発ぽい空気だからと呼ばれたはずなんだが、と。そちらを見もしないまま、同僚に当たろう“破邪”さんを…恐れげもなく親指立てて示した彼こそは、
『おうよ。
サンジなら、もっと細かく正体とか判んねぇかなと思って呼んだ。』
だってのに、サンジまで睨みつけるとは思わなかったと。そりゃあお気楽そうに、愉快愉快と笑ったルフィの、平生時の感性の豪快さは今更だとして。
『まあ、この手の物怪(もののけ)の分析ともなりゃあ、
こいつの勘よりかは俺の蓄えの方が専門的じゃああるが。』
何たって封印を専門とすることで名高き一族の、しかも宗家の御曹司だ。精霊や魔物、蟲妖などなどの“種類に関して”と限れば、天炎宮を護る くれはという女傑天使長の方がより専門なのだが、こちら、陽世界へまで出て来られる存在ともなりゃあ、咒を操れるとか、どこか特別な輩でなけりゃあと限られるので。そこでと、聖封であるサンジを呼んだのであり。誰ぞが残した無念とか情念なんてものじゃあなく、冥府へ魂送してやらんでもいいと判ったところまでは、彼を呼んで大正解だったのだけれど。
「もしかせんでも敵認識されてるよな、これ。」
抱っこされたルフィのお膝の上から、せっかくの愛らしいお顔を、警戒だか憤怒だかに鋭く尖らせると。その他の男衆二人を ぎりりと睨みつけつつ、ふうぅ〜っ、うぅぅ〜〜〜っとばかり、しきりと唸り倒しているのだから凄まじい。
「お初の相手からジロジロ見回されたり、
間近から眸ン中 覗かれたりしたから、そいで怒ってんじゃないのか?」
「それにしたって。」
こちらの能力値が読めんのか、
いやさ感知出来ているからこそのこの威嚇なのか。
“それと…もう一つ。
何でまた、ルフィの傍から離れんのか。”
こら、こいつらは怖くはないぞと。自分へは背中を向けているおチビさんを、頭や髪をしきりと撫でて宥めようとしているルフィへは。煩いなあという格好ででも、牙を剥くことがない徹底ぶりであり。
「せめて言葉が通じりゃあ、マシかも知れないのになぁ。」
猫の鳴き声しか放てぬらしく、背条や尻尾までの毛並みを逆立てているかのような素振りや、好き嫌いなどから察しても猫の性の物怪らしい…と思われて。そうでなけりゃあと口にしたルフィだったのへは、
「そりゃあ“そうであれ”っていう封印の為せる技でな。」
「え?」
はっきりと何処の誰さんかは判らないような、そんな言いようをしていたサンジだったものが。端正なお顔の左側、いつも降ろされている前髪を白い手がザッと梳き上げたため、仔猫の坊やをいい子いい子と宥めていたルフィの手が止まる。どんないで立ちになろうとも、そこだけは頑ななまでに降ろしている髪形なので。まるで何かしら隠しているかのようにも感じられ、気にならぬではないながら、話題に上らせることさえしないでいた。
それが…実にあっけなく晒されたものだから
誰が相手でも、どんな正念場にあっても、恐れ知らず怖いもの知らずの腕白坊主で鳴らしたルフィが、ハッとして息を飲んでしまったのだが。
「…………何だ、普通じゃん。」
「悪ぁるかったなぁ、普通で。」
何か? こっちだけ黒目の大きいうるうるした眸だとか、いかにもな仰々しさのアイパッチしてましたとか、そんな変わった景色じゃなきゃ不味かったのかよ……と。ポンポンポンと言い返して来るかと思いきや、
「………。」
そういった過激な攻撃性も見せぬままの彼であり。ただ、
「……やっぱりな。もう一段階の封印がある。」
「……………え?」
右の瞳となんら変わらない眸に見えたが、よくよく見やれば…そちらの眸の虹彩だけ、彼自身の髪の色よりも濃密な金色に透き通っている。その“眸”でじっくりと、仔猫の坊やのまとう“咒気”を検分してみたサンジだったようで。
『ウチは封咒に関することへ特化している一族だからな。』
その才、サンジの場合は“眸”に集約しているらしく。日頃から何でもかんでも見えてちゃあ疲れるのと、肝心な折に肝心なものを見落としかねぬのでと、普段は晒さずにいたらしい。その眸でもってじっくりと確かめた彼が言うには、
「もう一段階って…。」
小さな小さな仔猫という仮の姿を使い分けてる幼子というだけでも、大した化けっぷりだってのに。こんな愛くるしい子供のくせして、まだ何か隠し持ってるなんて、
「お前ってば凄げぇのな♪」
こんな小さいのによと、彼にはそういう順番になるらしく。
「お〜い、ルフィ。そこは感心するとこじゃねぇぞ。」
にっぱしと笑った腕白少年へ。さすがにそこは呆れたからだろう、おいおいと諭すつもりでサンジが手を延べたその途端、
―― ひゅっ・か、と
何かが宙を凄まじい勢いで翔ったような、鋭い風切りの音と。堅いものか、それとも堅い攻勢か、外しようのない確かさで何処かへと突き立ったかのような、終点の響きとが、空耳のような素早さで間近に響き。
「………なっ。」
ルフィへと向けて延ばされた聖封さんの、白い手のその甲の真上。それはそれは細身の、だが冷たく凍る銀の光も重厚な、紛れもない鋼の刃が真っ直ぐに横たわっており。それがあと数センチもないほどの、際どい宙空にて制止していたのは、振るった者が すんでで止めたからじゃあなくて。
「……大した本性じゃねぇか、ええ?」
こちらさんも一体いつの間に召喚した刀であったやら、ゾロが愛用の精霊刀の切っ先で、がっつりと刃を受け止めていたからで。地を這うほどにまで低められたる重い声音が、そして射通すような強靭な視線が、真っ直ぐ向けられていたのは、当然、その刃を振り下ろした相手へであり。
「あ……。」
サンジが延べかけた手の先、軽く はたこうとしかかった相手であるルフィからは、それまではいなかった人物の、それはそれはすんなりした背中が見えた。
そう。
一体、いつの間に 何処から現れたものか。
膝へと抱えた仔猫を挟んで、向かい合ってたルフィとサンジのその狭間へ、今は一人の人物が立ちはだかっている。七彩五色、羽衣のような紗の小袖を幾重にも重ねたその上へ、上着も兼ねているものか、足元近くまでという裾長の、濃色の厚絹の長衣を重ね着ており。自分と大差無いかもとルフィが思ったほどほっそりした人だったが、芯がぴんと通っているかのような、その背条の頼もしいことといったらなく。しかも、
“…金髪。”
あいにくと、ルフィの側からは後ろ姿になっている御仁だが、その頭をおおうのは、それは軽やかなくせのある、光の中にあってはけぶるばかりという淡い色合いの、それはそれは見事な金の髪であり。いきなり育ってしまってて微妙に印象が違いはするが、さっきまでお膝へ抱えていた幼子のそれと、タイプが似てはいなかろか。
まさかまさか、そんなことってあるのかな。
でもだって、元は仔猫に見してた奴だし、サンジももう1段階の封印があるって……。
「表へ出な。」
声はゾロの発したそれだったが、思ったことはほぼ同じだった彼らなのだろう。どちらが上かとの甲乙つけがたいくらい、鋭くも強靭な眼差しを ぎりりと相手へと突き通したままで。どっちが“出ろ”と命じたか、はたまたどっちが“ついて来い”と先んじて出てったのかも判らぬほどに。殺意とも取れそうな、強い強い敵対視線を相手へ据えたまま、あっと言う間に姿を消した、大太刀掲げていた二人の男衆たちであり。
「あ……。」
息詰まるほどの殺気や存在感がいきなり減って、あっけらかんとした空間と化したキッチンへは、蝉の声さえ途切れていたか。思い出したような夏の声が響くのも、今となっては却って嘘寒く。
「二人とも、壁、抜けたんか?」
「…ああ。」
サンジの返事がどこか覚束なかったのは、ゾロの側がそういう…次界移動が可能な身なのは判っていたが、相手もまた同じほどなめらかに、宙へと姿を溶け込ませたのが驚きだったから。そもそもの身が、幻のようなプラズマだの精神体だのというのなら、物質分子の通り抜けなぞたやすかろうが。あの青年がさっきまでの仔猫坊やと同一人物だというのなら、間違いなくしっかとした物理的な身を、殻躯を持っていたことは確認済み。この世界で言う“生身”とは微妙に違ったとしても、抗えぬ“時”の流れ、刻という侵食からその存在を守るための、殻を持っていた身だっていうのに、そこまでこなせるほどとはと。出遅れてしまったサンジが、細い眉を寄せ、むうと唸る。
「…追うぞ。」
少なくとも、突然 成長した姿を現した格好の、金の髪した不思議な青年の側は、依然としてその力量がはっきりしていない。姿や咒力のみならず、意識までもを封じていたというのなら、解放と同時、実は抱えておりましたという、何かしら物騒な目的までもを思い出してしまいかねずで。
“結構な練達だったようだしな。”
あのゾロが、有無をも言わさず“外へ出ろ”と、真剣勝負だと言い放ったくらいだ。どれほどの危機感から、すぐにも畳まにゃあと感じて言ったことかと思えば、ただただゾッとするばかり。とんでもないことにならにゃあいいがと、てぇいという舌打ちしつつ、後を追いかかったサンジだったが、
「あああ、間に合わなんだか。」
そんな声がすぐ足元から立ったのへ、あまりに突然だったものだから、どひゃあと大仰に飛びのいており。
「……サンジ、落ち着け。」
「判っとるわっ。////////」
浮足立つあまり、足元さえ目に入ってなかったかと、しかも選りにも選ってルフィから言われたようで。照れ隠し半分、反駁の怒号を放ってから、おもむろに…自分を飛び撥ねさせた忌々しい声の主を見下ろせば、
「あんの寝とぼけ野郎が、ご迷惑かけ倒しおって〜〜〜。」
その拳をぐっと握って、いかにもな憤怒の丈をそこに握り潰さんとしていた、その声の主は、
――― 何と、真っ黒い一匹の猫だった。
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*何だかあれよあれよと話が大きくなっちゃって恐ろしいです。
だって この人たち、
なかなか動かなんだと思えば、
今度は今度で、人の話も聞かないで勝手に動き出すんですもの。
少しは筆者の話も聞け〜〜。(とほほん)

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